講演案内 旅グルメ レジャー情報 搭乗拒否問題 リンク集 問い合わせ

Travel for All トップページ目指せ100ヵ国!車イスでの世界旅行in English

旅コラム バリアフリー安宿情報 世界のバリアフリー事情 世界のカミキリ コカ・コーラ 旅のランキング

 
共産主義の名残(3)

 
1996/08 - 09

マラムレシュ地方 / ルーマニア


■ヨォロッパの秘境に

ハンガリーから列車で国境に近いオラデアに入る。
途中、ソフィア・ローレン、マルチェロ・マストロヤンニ主演の映画「ひまわり」に出てくるような、
ひまわり畑を眺めての4時間程の旅。そして、オラデアの街でレンタカーする予定だった。
ところが、レンタカーが町にない。オフィスはあるが車が1台も・・・ 

レンタカー探しを手伝ってくれた将来は観光ガイドを目指す親切な現地人が
「車をチャーターしたら」とタクシー運転手を紹介してくれた。
約6000円で2日間チャーターすることになった。
これは激安であった、なぜなら車の走る総距離は500kmぐらいあるのだ。
また、運転手のダッチャは、力持ちで親切で運転も非常にうまく楽しく旅行できた。

目的地はルーマニアの秘境、サプンツァ村。
ウクライナとの国境地域の谷間に少数民族が住んでいる。
家々には日本や中国みたいに門と塀があり木造である。

romaia01.jpg (30836 バイト)

顔もどことなく日本人に似ている。
彼らの言語もウラル・アルタイ語族でアジア系の言語だろうと推測する(ハンガリーがそう)。

こんな僻地で、日本に通ずる文化があるのは面白い。

マラムレシュ地方のサプンツァ村は、かわいい民族衣装も魅力的。
ヨォロッパの秘境「ルーマニア」には、ドラキュラ伝説や魔女狩りなど謎めいたものが多く残されている。
いまだ近代化されず残っている田舎では、中世のヨォロッパはこんな生活なのかとも想像できる。


■お恵みのコイン

さて、サプンツァ村の観光名所に、故人の職業や人柄を描いた墓地がある(それしかないが)。
観光した帰りに歩いていると、孫を連れたおばあちゃんが私の方に歩みより、手を握った。
何事かと思うと、手には小銭が。 なんとお恵みだったのだ。

もちろん、お恵みを受けたのは初めての経験。
普通なら「同情しよって馬鹿にしてんのか!」と思うところが、素直にうれしかった。

確かに首都のブカレストなどでは障害者の乞食が多く見られた。
足のない人が何人も街中で乞食をしている。両足のない人が両手で這って歩いている。
呆然と車イスに乗ったままの老人。障害者は乞食ぐらいしか仕事がないのか。

中国でも、マフィアが、わざと足を切断して乞食をさしたりとかひどい話は聞く。
途上国や戦争のあった国などでは障害者=物乞いが非常に多い。
私は、乞食と間違われたわけじゃなく、単に信仰心の強いおばあちゃんのお恵みなんだろう。

小銭をくれたお婆ちゃんのしわくちゃな手のぬくもりは忘れられない。


■アナログなチケット

オラデアの街でレンタカーが出来なかったので、予定を変更しブカレストに飛ぶ。
サプンツァ村を観光後、バイア・マーレに着き、
街のTAROM(ルーマニア航空)オフィスで、ブカレスト行きのチケットを購入する。

しかし、なんだこの航空券は、ざら紙にペンで書いただけ。
本当に、こんなので乗れるのか? 珍しいので記念にとっておきました。

翌朝、起きるとすごい雨が降っていた。
予定では、チケットを買ったTAROMのオフィスからバスで空港に行くつもりだった。
ホテルからTAROMのオフィスまでは少し距離があるので、仕方なくタクシーで飛行場に向かう。

すごい豪雨で、飛ぶのか心配だった。飛行場に着いても誰もいなかった。
しばらくすると、人も集まってきて、どうやら飛ぶみたいで安心したが、
搭乗手続きも、コンピューターでなく、吊ってある飛行機の座席表にカードを差し込んで席を決めていく。

搭乗手続きも無論、簡単で歩いて飛行機まで行く。40人乗りの小さな飛行機だったので、
例のごとく貨物の乗り場である後ろから担いでもらって、乗り込み、最後尾の座席に座る。

ちょうど一年前、チュニジアで同様の飛行機に乗り、思いっきり揺れて死に直面したので
小さい飛行機に乗るのは、恐怖性になっていた。飛行中は、ひたすらビビって震えてた。
恐いと感じることはなかったが、やっぱり揺れた。あー、命が縮むので二度と乗りたくない。

私の唯一の恐いもの、それは「小さな飛行機」


■チャウシェスクの影

これがかの有名な ”国民の館 Casa Poporului” 
世界で最も大きい建物の一つといわれる。1000以上も部屋がある。
中国北京の紫禁城みたいだが、完成するまでもなくチャウシェスクは失脚した。

bcaresto1.jpg (24761 バイト)

当時ルーマニアでは、夜には電気が停電となっていた。
国民には倹約させ、チャウシェスクや官僚達は贅沢な生活を送る。

「昔は、ろうそくで勉強していました」そんな話を現地で聞いた。
このばかげた建物とその前のシャンゼリゼ通りを模した官僚達の住む高級アパートなどの建築費や
チャウシェスクや高級官僚の贅沢のために、ルーマニア国民が犠牲になってたなんてぞっとする。

また文句を言おうものなら、有名な秘密警察がとりしまっていた。
みんな密告されるかとビクビク生きていた。とも語ってくれた。


NEXT  / 目次 / 旅コラム

Travel for All トップページ