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フィリンピン研修旅行(8)

    
1996/02 

ピナツボ火山噴火被害地訪問


■最終目的地へ

マニラから車に乗って、北に4時間。
今回の研修旅行の最終目的地であるパンパンガ州サンフェルナンドに行った。

阪神大震災を体験した我々としては、
1991年のピナツボ火山噴火
により甚大な被害を受けているセントラルルソンの状況と
被災地の復旧、被害の拡大を防ぐ活動を行っているNGOと被災民が住む仮設住宅を訪れた。

また、ハードな日程であったので、参加していた女性3名が体調を崩しダウンしてしまい
ちょっと重たい雰囲気になりかけたが、そんなことも忘れるくらい衝撃のある訪問地であった。

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■ピナツボ火山噴火

1991年にピナツボ山は噴火した。その年の地球の気候が変わるほど、大きな火山爆発だった。
フィリピン上空では、火山灰が滞留し、ずっと曇り空が続いたそうだ。

長らく滞在していた太平洋で一番大きかった米軍の空軍基地クラークが復旧をあきらめて撤退。
それほどまでに大きな噴火と災害であった。 下写真は火山灰で埋もれた学校。見えるのは2階

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南に約200km離れたマニラの空港では、火山灰が滑走路を埋め尽くしたため、
職員が一週間かけてホウキではいて火山灰をどけたという。

その火山灰が毎年雨季の大雨になると山麓の村に流れてきていている。
毎年いくつもの村が消えて行っている。災害の被害はその時だけでなく、今でも続いているのだ。

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実際に、火山灰によって埋もれた村々を訪れましたが、
完全に埋もれて屋根だけが地表に出ていたり、二階部分だけの校舎(一番上の写真)や
手が届く位置に実のなりそうなヤシの木であったり、ショックを受けました。

この火山灰の流入を防ぐためにフィリピン政府は、最初、高さ3m、長さ21kmの堤防を作り、
火山灰を防ごうとしたが、台風が来て、あっけなく火山灰は乗り越えた。

現在は高さ10m、長さ37kmの、コンクリートで表面を固めた大きな堤防を作り、
その上を縦貫道路にしようと大型プロジェクトをしています。

住民側の意見としては、「火山灰はどんどん溜まり、いずれ堤防の高さまで達し、被害が大きくなる」
「堤防より被災者支援に金を使うべきだ」というものが出てました。

確かに、我々も堤防の上の道路を通りましたが、火山灰がどんどん堤防の高さまで迫ってきていました。
その火山灰の下には、たくさんの家が埋もれています。
皆で記念撮影。火山灰の川の下まで降りて滑って登るのに苦労しているのが一人。

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ついつい我々の大学が神戸で震災をもろに体験したので、神戸の状況と比較してしまいましたが、
ピナツボ山の場合は、火山灰で全てが埋まり、農地を持っていた人は、二度とそこで農業が
できなくなったし、家があった人は、土地ごとなくなってしまいました。

神戸の阪神大震災の場合は、被害は大きいけれども、またやり直せる。
しかし、ピナツボの場合は同じ土地ではやり直せません。何もかも飲み込む火山灰は恐ろしい。
さらに、毎年被害が拡大し続けているのが大変です。


■避難場所(Evacuation Center)訪問

火山灰に埋もれた村々を見た後は、
政府が作った最定住地域(日本でいえば仮設住宅、公営住宅)を訪問した。
そこでコミュニティの代表の人などから、
村の被害状況、政府の援助状況、避難住宅の概略など話を聞いた。

最初に訪れたのは、Purok 5 という 57世帯からなる最も小さい規模の避難エリア。
こちらは、元の村そのまま一つが移転してきております。
移転してきたのは、噴火から3年後の雨季に、火山灰が襲い、村がなくなったということです。

ここでの一番の問題は、失業です。
火山灰によって農業ができなくなった村の人々は、現在、日雇い労働者、トラック運転手、建築関係の仕事で生計を建てていますが、恒久的な仕事とは言いがたいものです。
1994年の避難地域の調査では、約30%の世帯が収入無しの状態です。

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続いて、ピナツボ火山の最大の非難地域である CABCOM を訪れました。
ここは、アメリカのクラーク空軍基地(1992年に撤退)内に作られています。
実に、6000世帯もの家族が避難しています。

ここでの問題点は、米軍が残していった有毒物質のために、地下水を飲むことができず、飲料水を買わなければいけないこと。それに生活費の大部分を取られてしまう。また、あまりに大きい非難地域のために、色んなコミュニティが混ざり合い、いろんな人が混同して住んでいることなどありました。

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最後に、この地域のNGO団体を束ねる組織の委員長である Frankさんの言葉を
「あなたたちに、このフィリピン、ピナツボ火山についての本当の実情を日本に広めて欲しい」
このホームページを書くことで、少しは伝えれると思います。


■のどかな風景

写真は、ピナツボ火山噴火被災地訪問の際、宿泊したお宅のベランダから撮影されたものです。
こんなのどかな自然が豊かな地域が、火山灰による村の焼失に頭を悩まされています。

ちなみに、草むらで早朝に野グソしたクラスメイトがいて、水牛に襲われそうになってました。

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