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フィリンピン研修旅行(4)

    
1996/02 

バタンガス港(サンタクララ)訪問


■バタンガス港開発の概要(テルマさんの話より)

バタンガス港開発の反対運動を起こしている中心人物がテルマさんです。
反対運動の拠点である小屋の中で、彼女の話を聞き、議論しました。

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開発の行われているサンタクララというコミュニティの歴史は1830年頃から続いており、先祖は、この港湾で漁業、塩業等により生計をたてており、港は生活に密着していて、とても大切であった。

ところが、1974年、政府によって港を国際的な大きな港にする計画が始められました。そして、それは住民には何の通告もない形で推し進められ、港建設のため、90の家が破壊されました。

そのような一方的な開発に反対するため、テルマさんは1976年、反対運動を始めました。しかし、1984年には第二の拡張計画が開始。この時もまた、住民へは何の通告もありませんでした。1986年には政府の用意した代替地への強制移住がありました。用意された土地は18km、7km離れたところで、交通機関の発達していないところでした。

そして、1989年、JICAによって「カラバルソン計画」なるものが打ち出され計画の一環としてバタンガス港の拡張が始まりました。拡張の意味は、マニラ近郊には大きな港を建設できないので、バタンガスに大型船が停泊できる港を作り、物流の起点にするというものです。同時に、高速道路も整備しています。

この計画の資金の80%は、日本のODAから出されており、バタンガス港開発だけで約60億円のお金がつぎ込まれているということです。もともとは農業用地だった538ヘクタールが拡張用地とされ、1992年、5地区1568家族の家が破壊されたということです。

これに対し、住民側は5地区全体の抵抗組織を結成し、2000人が抗議活動を行い、1994年6月27日には、再び2000人の軍人が動員されたデモリションがあり、6ヶ月間、住民の土地は占領されました。現在の状況としては、約400家族が代替地に住み、反対する600家族が元の住居地に仮住まいをしています。

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麻雀をする男達


■第二の侵略

テルマさんは、「この開発は、1940年〜42年の日本軍占領期を第一の侵略とすると、第二の侵略だ」とも主張していました。日本人の税金によって、自分達の国フィリピンが崩壊していっていることが、多くの日本人は知らない、責任を認識していないと主張します。ODAの影響により、農業の衰退や人権侵害が生じているとし、真の“development”とは何かと問い、外国の政府や企業に支配されるのではない自国の発展を求める主張です。

朝食前のちょっとした時間に、テルマさんは、我々に第二次大戦での侵略(第一の侵略)を、この開発(第二の侵略)とを関連つけて、日本の悪口をひたすらいいました。私は、一方的に聞いてはいられず、

  「だから、我々にどうしろと?」
  「先祖が行った行為の非は認めるが、我々には関係ないだろ」
  「我々に、そんな文句ばかり言うなよ」

 
議論は噛み合いませんでしたが、私が痛切に感じたのは、日本人の戦争責任のなさと、いまだ根強い侵略国の被害者意識。日本の学校で被害者意識は学ぶが、加害者意識の学習の薄いこと。先祖が行った行為を我々がどう対処するのか、謝るだけで解決か、二度と同じ間違いを犯さないと誓うだけかと。
親が犯した罪に子どもは責任あるの?その罪の償いはどうすればいいのでしょうか?


■帰国後の報告会での議論

まず、質の異なる問題点がいくつか混ざり合っているということ。フィリピン政府の強引な開発の進め方という問題点と開発そのものに対する在り方や方向性の問題点があると指摘された。

日本としてどう関わるか、前者は、援助する際、基準や前提条件を設定するのかどうかという方法論と内政干渉が関わり、後者は、大規模開発を行い国家レベルで経済が発展したら、結果的にその恩恵を下層の人達も
受けることができるという先進国的な開発が評価されなくなる。環境面への配慮や、持続可能な開発といった長期的な視野にたった真の国際援助とは何かという難しい問題になっている。

次に、3通りの視点から事情を考察することにした。

  一つめに、立ち退きを迫るフィリピン政府とそれに援助する日本。
  二つめに、今なお抵抗を続けるサンタクララの住民。
  三つめに、政府の要請に応じて移住を決意した住民。


これらには、どれが良い、どれが悪いといったことは考えれない。つまり結論が存在しない。国の発展という視点からみれば、確かに政府や移住を決意した住民の行動は正しいといえるかもしれない。しかし、もし自分がその住民であり、突然に立ち退きを迫られたら、果たして応じれるものか、またそれが強制的なデモリッシュを受けるとなると・・・

結論を出すことは不可能であり、出したところで、弱肉強食の論理でまわる世界を動かすことはこれまた不可能である。ただ一つあえて結論を求めるならば、

それは、「フィリピン政府の脆弱さ」だけである。
なぜなら、日本政府が
素晴らしくみえてくるのだから。


■帰国後

ニュースステーションでバタンガス港のデモリション(政府による強制撤去)の様子が映し出されていた。
激しく家々を強制的に破壊する武装した人と、反対する住民との対立が生々しく映っていた。
キャスターは遠く離れた異国での一つの出来事として語っていた。
我々の税金で建設される港のために、その地域住民と政府の対立が起こっていているのに・・・
ふと「テルマさんは生きているのだろうか」と不安になった。


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