海外旅行にハマるきっかけとなった初の海外経験。 夢のような一ヶ月間だった。
■車イスであることを忘れる
アメリカでホームステイしていて、なぜか気が楽だった。街を歩いていてもそうだ。
確かに交通機関も街の建物、歩道とかがバリアフリーなのもあるんだが、どうも変な感覚だ。
何が違うのか、周りの目がないのだ。
日本だと、街中を歩いていると、好奇な目で見られたり、憐れみを投げかえられたりする。
見てはいけないものを見たという人も大げさながらいないことはない。
アメリカでは、そんな目はなかった。
いろんな人種のいろんな人が住んでいるせいもあって多様性を認める文化的土壌がある。
障害も一つの個性なんだと。本当にそう感じられた。
語学学校に通学するために乗っていたバスで、リフトで乗り降りするためにバスが数分停車しても、時間をとるがそれをとがめる人はいなかった。私は気を使って、運転手に「どうもありがとう」って丁寧にいうと運転手は「Take it easy」気にすんな。遠慮することはないと、毎回言っていた。日本だと、あいつのために時間とらせやがって不便だなと、無言の圧力があったりする。
カリフォルニア大学バークレー校をクラスメイトと見学に行ったとき、キャンパスでホットパンツ(短パン)を履いている義足の女性を見た。日本では、人前では恥ずかしいから義足を隠すのに、この女性は堂々としていた。

■ホストファミリー
私がホームステイしたのは、サンフランシスコの南にある郊外サンマテオ市の6人家族の家。
お母さんが、少し足に障害があって、自動車も障害者用スペースに停めれるステッカーも交付されている。
家は、車イスの設備があるとか特別なものもない普通の家だが平屋の家なので何の問題もなかった。
ホストファミリーの家族構成が興味深く、子どもは、全部で4人。
上の兄は父親が白人系、2番目の兄は黒人系、3番目4番目は、今の夫の子どもと、
父親が違う兄弟が混ぜこぜで住んでいる。

一番上の兄のマイケル |

2番目の兄ネイツ |

今の父の子ビリー |

末っ子娘シェリーナ |
■語学学校
英語を学んだのは
"Language Pacifica”という、
スタンフォード大学のある街パロアルトにある語学学校。
特別な施設はないが街の建物自体がすべてバリアフリーな構造なので何の問題もなく授業が受けられた。

通学もホストファミリーにバス停まで車で送ってもらって、バスに40分ほど乗って通学した。
カリフォルニアの乾燥気候なので雨にも一度もあわなかったし、
ほとんどすべての路線のバスにはリフトがついていて、一人で容易に乗れた。

学校内には、ロシアのサンクトペテルブルクで牧師をしている車イスの人もいた。
彼は新婚さんで、かわいい赤ちゃんもいた。

また、同じクラスメイトに、ボスニア・ヘルツェゴビナから亡命してきた女の子2人もいた。
ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、スペイン、ベラルーシ、韓国など世界中から生徒が学びにきていて驚いた。
その中でも、ホの字になってしまったのが、イタリア人のパオラだ。
■憧れの人「パオラ」
「その国の印象は、最初に会ったその国の人の印象で決まる」 by きーじー
私が、以後イタリアにはまるのも、最初に会ったイタリア人がとても素敵な人だったからだ。
一年後、彼女に会いにイタリアに行ったしね。

■ロスアンゼルス一人旅
3週間のホームステイの後、一人でロスアンゼルスを旅行した。
ロス暴動があったばかりのこともあって、また車イスで一人ということもあって
ホストファミリーは「本気か」と何度も確かめていた。

サンタモニカ、ベニスビーチを訪れ、UCLAを探検して、ビバリーヒルズを通って、
ハリウッド、ユニバーサルスタジオを訪れて、最後にダウンタウン中心部と廻った。
バリアフリーの完璧な国だけあって、何の不自由もなく一人旅もできたが、ホテル探しには苦労した。
※詳しくは、著書「空飛ぶ車イス」にて
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