どうして、日本のバリアフリーは過剰に豪華なのでしょうか?
特別視されすぎること、設置コストがかかりすぎることは、バリアフリーが進まない大きな原因です。
福祉という名のもとに、バリアフリーの設備やサービスは、高コスト体質になっています。
予算が削減される中、これからは費用に対する効果の視点も無視するわけにはいきません。
また、利用者も完璧を求めすぎているのではないでしょうか?
理想のバリアフリーは人それぞれ違います。100人いれば、100のバリアフリーがあります。
すべての人が満足できる設備やサービスを追い求める(最小公倍数)のではなく、
費用に対する効果の視点も考慮した現実的な妥協点(最大公約数)が必要です。
妥当な配慮 reasonable
accommodation を考えましょう。

■日本と世界 バリアフリーの違い
車いすで世界中(80カ国以上)を旅して、様々なバリアフリーを見てきました。
バリアフリーの考え方も、対象者も、設備も、時と場所が変われば大きく違います。
進んだ地域では、障害者を特別視せず、簡単に、自然に、共生できるように配慮をしています。
逆に、バリアフリーの設備が何もないところもあります。その場合は人力での対応があります。
日本は、保護・隔離の意識が強い、障害者専用のバリアフリーとなっているのが特徴です。
法律や条令を遵守しただけの有効に活用されていない施設やサービスが多く、
設備のバリアフリーは非常に進んでいますが、心のバリアフリーは進んでいません。
障害者専用の施設やサービスにした場合、
通常の施設やサービスを利用できなくなってしまうという新たな弊害を産むことがあります。
設備や配慮が無いよりは、有るほうがいいのですが、必ず利用しなければならないことはないはず。
バリアフリー設備やサービスは、利用者の選択が一つ増えたと考えるべきです。

■当研究所が考える、理想のバリアフリー
(1) 特別じゃないもの。もっと普通に、もっと自然に、
(2) 専用でないもの。一緒に使える施設・サービス
(3) "モノ”だけなく、"ココロ”も解決する視点
多様性を認め、個性を尊重した上で、機会を等しく用意すること。
社会全体の個々がそれぞれ当事者意識を持つこと。
ちょっとした配慮で、ちょっとした考え方の変換で、誰にでも住みやすい社会に近づきます。
■配慮されていることを感じさせない
とってつけたようなバリアフリー設備は、利用することで逆に障害を自覚させてしまいます。
配慮をするのは素晴らしいことですが、あまりにも過剰な対応はいかがなものか?
係員を呼ばなければならないサービス、別の入口では、快適ではありません。
そもそも段差がなければスロープは必要ありません。
バリアを作ってフリーにするのではなく、最初からバリアのないように考えることが、
より利用しやすい設備になり、同時に建築コストの低下にもつながります。
また、「配慮のやりすぎ」は、 「障害の強調」につながり、差別(逆差別)を生む危険性があります。
特別視ではなく、一人の人間としての人権を尊重し、意志が尊重されること、
多様な選択(方法)が可能なことが大切です。
障害が強調されるような施設サービスは、
形としてはバリアフリーをしているかもしれませんが、心のバリアフリーではありません。
障害者は特別な存在として扱いすぎて、自分とは全く無関係な問題として線を引くこととなり、
バリアフルな社会を再生産してしまう危険性があります。
著書3作目 「車いすの旅人が行く!」 日本図書館協会選定図書に選定されました!