■空港でのトラブル
ウズベキスタン航空で、首都タシケントへの到着は午前4時30分。
同日の午後10時インドのデリー行きの飛行機への乗り継ぎまで時間がある。
一旦、ウズベキスタンへ入国するつもりが、案内されたのはトランジットする人達が集まる建物だった。
学生時代、欧州に旅する度に利用したロシアのアエロフロート航空の記憶を思い出させてくれる
空港の照明の暗さ、医療チームが介助する車イスへのサービス、職員の対応などが懐かしい。
トランジット建物の職員に「私はタシケントで降りるのだ!入国したい」と告げるが、
ただ「待て」とだけ指示された。
待つのは苦痛でなかった。早朝に入国しても、することがない。
空港近くのホテルへチェックインして睡眠をとって、昼は市内を観光して、夕食を食べて空港へ戻る。
そんな考えを持っていた。あまりにも早朝にホテルへ行っても泊めてくれるかわからない。
しばらく様子を見ることにした。
結局、1時間ぐらい待たされた。
その間、目の前で東南アジア系の人が、現地人とおもわれる人に英語で話しかけていた。
彼らもどうやら間違えてトランジットの建物につれられたらしい。
私と彼ら2名は、ニューヨーク行きの客と共に、バスに乗せられることになった。
ところが、バス乗り場に行くには階段があった。介助サービスはいない。
困っていると、「手伝いましょうか?」と日本語で声をかけ、すっと車イスを持ってくれる人がいた。
先程、目の前で英語を話していた現地人だと思っていた人だった。どうやら日本人らしい。
親切な彼と一緒に周りに声をかけて、4人に車イスを持ってもらい、無事にバスへ乗り込んだ。
助けてくれた日本人へお礼を言った。
現地人と勘違いしたぐらい、堂々としている国際人だと感じた。ただの旅行者ではない。
「仕事ですか?」と尋ねると、「柔道の国際審判なんです」という。
ピンときた。どこか顔に見覚えがある。「細川さんですか?」と尋ねると、「そうです」と答える。
1984年ロサンゼルス五輪 柔道男子60キロ級の金メダリスト細川伸二さんだった。
乗客で満員になったバスは、なかなか出発しない。遂にはエンジンを切られた。さすが旧ソ連。
20分ほどそのまま。時間もあるので、細川さんに話しかけた。
同時に、細川さんがトランジット建物でずっと話しかけられていた東南アジア系の人が、
ベトナムの柔道審判員であることもわかった。
二人とも2日後に、タシケントで開催される柔道アジア大会で審判をすることになっていた。
ベトナムのタンさんは、細川さんのことを「先生」と敬っていた。柔道界におけるスゴイ人なのだから。

細川さんは、トラブルに巻き込まれても落ち着いていた。海外経験が豊富なのだろう。
後に他の人に聞くと、フランスへ一年間留学をしていたりしていて、柔道界きっての国際派らしい。
選手としても一流で、審判やコーチ(野村忠宏さんの3連覇を指導)、協会活動も一流。
そんなことはわかっているが、遠慮せず一人の人間として話をした。
我々3人だけバスから降ろされ、無事に入国することができた。予定より2時間遅れ。
細川さんと、タンさんに迎えがきている人がいるか探したが、誰もいなかった。
バスの中で思い切って細川さんに、市内までのタクシーをシェアしましょうと提案していた。
また夜の飛行機まで暇なので、柔道日本チームの練習が午前中にあるだろうということなので
ぜひ見学させて欲しいとお願いをしていた。

空港を出ると、お決まりのタクシー攻撃。
ウズベキスタン柔道連盟のお迎えはなかった。指定されたホテルへ自分達で向かうしかない。
ただし文書にかかれたホテルも、現地名称が違うのでタクシー運転手達はどこだかわからないようだ。
10ドルといわれたのを、6ドルに値切った。 現地人価格で2ドルと聞いていた。
3人いるから、2ドル×3人でというわけだ。もっと値切れるだろうが、そうガミガミすることはない。
タクシーは、ソ連時代に作られた、整然とした広い道路を、ゆっくりと市内へ進んでいった。
■日本柔道チーム
いくつかのホテルを経由しながら、ようやく柔道アジア大会の本部があるホテルへ到着。
朝6時30分。どうしようかと悩んでいると、朝7時から選手が集合して体操をするということなので見学。
挨拶と簡単な柔軟体操。礼儀正しくピリピリします。

そのまま日本チームとホテルで朝食をご一緒した。
日本柔道連盟の役員、コーチ、トレーナー、医師、多くのスタッフがいる。
恐縮しながら、同席させてもらい、柔道界の方々と貴重な話をさせていただく。
朝10時からの練習まで時間があるので、細川さんの好意で部屋で休ませてもらう。
細川さんの部屋に荷物を置き、バスで練習場へ。

練習場へ向かうバスへの乗り込みは、さすらいの柔道家、古賀稔彦さんが介助してくれた。
古賀さんの肩を持ちながら、抱えてもらいながら座席に座る。
そう平成の三四郎。バルセロナ五輪 男子柔道71キロ級 金メダリストである!!!
現在は、日本女子チームのコーチをしている。その姿はアテネ五輪のテレビ放送でよく見ていた。
なんたる幸運。金メダリストの体は頑丈で、介助される私は何の不安もない。やっぱり肉体が違う。

当地のスポーツセンターで練習。体育館に畳が引かれているようです。
ソ連時代に作られたスポーツ選手養成施設で、陸上トラックやジムなども併設されていた。
大会前の調整ということで、選手おのおの、それぞれの形で練習をしていた。

アジア大会に出場する選手。
五輪や世界選手権ではないので、全階級で日本一の選手がそろっているわけではないが、
頂点を極めた選手達。近くで見る肉体には感動する。引き締まっている。体のキレもすごい。
練習を見学していると、女子コーチの長井さん(下写真右)が、「大会も見れたらいいのにね」と言う。
その夜にインドへ行く予定だったが、せっかくの機会。インド行きをキャンセルして、
ウズベキスタンに居残り、明後日からの柔道アジア大会(2日間)を見学することにした。

午後はホテル探しをしたが、5軒ともNG。安いホテルが少ないのとバリアフリーでなかった。
夜は細川さんの部屋で泊めてもらうことにした。全てにお世話になりっぱなし。
夕食も、コーチ陣と一緒させてもらう。韓国料理。ええ奢ってもらいました。あはは。
写真左から、
私、古賀稔彦さん、岡田弘隆さん、細川伸二さん、松井勲さん、山本洋祐さん、長井淳子さん。
ソウル五輪の柔道日本代表選手が4名。すごいメンバー。幸せすぎます。
皆さん、選手と一緒に練習するので、食べる量にはびっくりでした。
古賀さんは、いつもギャグばかりいう非常に楽しい人。柔道と日常の姿は正反対です。
女子日本チームの指導も、厳しさとギャグ、自らの体を張って指導していました。
近年の日本柔道女子の活躍は、古賀さんの指導力によるところも多いのだろうと感じました。
岡田さんは、練習中に選手を投げ飛ばすなど、今でもめちゃくちゃ強そうでした。
世界選手権2連覇。バルセロナ五輪の銅メダルリスト。
古賀さんと共に、10代のころから世界で活躍されていました。気さくで面白く、食いしん坊な方です。
松井さんは、警察大学校の教授。国際審判員、著書も多数の柔道界の重鎮です。
親切にも部屋で休ませてもらいました。
山本さんは、ソウル五輪の銅メダリスト。温和で優しく、いつも気遣いのある方。
年下の若僧、柔道に縁のない私に対しても、常に低姿勢で礼儀を重んじる。
長井さんは、田村亮子選手がいなければ大活躍されていたでしょう。
美人柔道家として有名ですね。つわもの揃いの男子コーチ陣に囲まれても余裕の態度。
柔道の選手は、小さいころから男子と一緒に練習することが多いからでしょうか。
皆さん、いずれも頂点を極め、世界で戦ってきた超一流の人たち。
人間性も超一流で、おごったところは微塵もなく、内に秘めたる強さを持っていらっしゃいます。
見ず知らずの私を歓迎し、対処いただき、本当に素晴らしい方々でした。
柔道家って、すごい!
■2005年 柔道アジア大会 in タシケント
会場はテレビ塔の下にある公園。体育館ではなく、ドーム型のアリーナ。
入場は無料。自由に出入りが出来ます。

会場の外では、役員やスタッフの昼食づくり。
ウズベキスタンの郷土料理プロフ(ピラフ)を、大きな鍋で作っています。

これまた中央アジアの料理シャシリーク(羊肉のBBQ)。
炭火で焼いて、香ばしくて、とても美味しいです。
ウズベキスタンのレストランの軒先で、どこでも見られる風景ですね。

会場の中では、既に試合が始まっています。
朝9時から予選が始まり、夕方7時頃に決勝が行われる、長い一日。
一つの畳に10名の審判。主審と副審2名は、ローテーションで選ばれます。
朝から晩まで、真剣に試合を裁くという、ハードな仕事です。審判さん。ご苦労さまです。

さて、車イスの私は、階段のスタンドに上がるのは大変なので、畳の横で観戦することにしました。
日本選手の試合のときは、するっと近づいて応援です。

目の前で、世界レベルの柔道の試合が見られるのは幸せです。

大学で日本語を学ぶ、ウズベキスタン国立 世界言語大学 国際ジャーナリズム学科の学生が、
ボランティアをしていました。彼女達と話しながら、愉快な観戦となりました。
左から、ムカッダス(神聖)さん、ユルドゥズ(星)さん、カワハル(真珠)さん。
ウズベキスタンの名前にも、日本と同様に意味があるそうです。顔も文化も似ています。

昼食は、ベトナムの国際審判タンさんに誘われて、食堂へ。
私はスタッフでも役員でもないのに、とても豪華な昼食をご馳走になりました。スンマセン。

選手達は、通路や空きスペースに控えています。
一日つづく試合時間。調整やリラックスする方法も大切です。隣には相手選手もいたりします。

1日目の夕方、開会式が開かれました。
プラカードの入場アルファベット順は、なぜか私が並べて、民族衣装の女の子に渡しました。
ウズベキスタンは、ロシア語のキリル文字を使用。アルファベットとは違うので、確認されたのです。
ちょっと運営にお手伝い。昼食をご馳走になったお礼かな!?

簡単な開会式です。選手2名があわてて並んでいました。
ウズベキスタンの民族舞踊と音楽も披露されました。
中央アジア文化。モンゴルの草原とが想起されます。衣装はトルコ調です。

開会式が終われば、準決勝、3位決定戦、決勝。
一日目は女子4階級すべて優勝の金メダル。すごすぎです!

日本の国旗が掲揚されます。
男子4階級でも、2階級で金メダルをとり、1日目は「日本デー」になりました。

表彰式の終わった選手と記念撮影させてもらいました。
女子70kg級 すべて一本勝ち 圧倒的な強さで優勝した 渡邉美奈選手。
古賀コーチ、女子63kg級で優勝した上野順恵選手、長井コーチも一緒でーす。

外に出ると、既に日が暮れかけていました。夜の8時をまわっている。
タクシーを拾おうとしていると、開会式で素敵な踊りを披露してくれた男性が登場。これまた記念撮影。

初めての柔道観戦。楽しかったです。
■2日目
朝から夜まで長いので、ゆっくりと出発。
軽く予選をみた後は、外へじっくりと昼食をとりにいった。
ウズベキスタンでは、レストランでは老若男女関係なく、普通に相席となる。
広いのだから机を置けばいいと思うのだが、気にしないのだろう。
相席となったのは、ロシアから観戦にきた柔道関係者だった。競技場で顔は合わせていた。
彼女達は、知的障害のある子どもに柔道を教えている。スペシャルオリンピックにも取り組んでいた。

夕方になり、決勝戦。
女子57kg級の宮本樹理選手。惜しくも敗れて、銀メダルとなりました。
柔道に対する誠意ある姿勢と、キリリとした表情がとても魅力的で、ファンとなってしまいました。
大会中なので話かけることはできませんが、今後ずっと応援したいです。

こちらは、女子78kg超級、無差別級、2階級で金メダルを取った、杉本美香選手。
会場でも人気者でした。まだ若くて、これからも注目です。
隣は、男子81kg級で優勝した、小野卓志選手。青年はボランティアのカザフ人の柔道選手です。
結局、日本代表は、男子が2つの金メダル、女子が6つの金メダルの成績でした。

インド行きをキャンセルして見た柔道アジア大会。非常に貴重な2日間。
今後、世界選手権や五輪の柔道を見るのが楽しくなりました。 頑張れ!日本!
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