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シルクロード(4)

 
2005/05

イシクル湖 / キルギス


キルギスの首都 ビシュケク

国土全体の40%が標高3000mを超えるキルギス。
中国との境には天山山脈。南に位置するタジキスタンに向かってパミール高原が広がる。

キルギスという国がどこにあるかわかる人は非常に少ないだろう。
ましてや、首都ビシュケクの名前を知っている人は、どれくらいいるのだろうか? 

 ※ キルギスについての情報リンク シルクロードの小さな山

訪れたのは5月末。
首都の標高は800m。朝晩は寒い。10度ちょっとの感覚。息が白かった。

いきなり道を歩いていると、黒のメルセデスベンツが止まった。
ジャージー姿のヤクザさんが降りてきて、いきなり私の手を握る。
50スム札(130円)をくれたのだった。お恵みだ。その道が上記の写真。なーんもない道。

その3時間後、大統領府の前で掃除をするおじちゃんから、1スム札(2.5円)をもらう。
物価の安いキルギス。ヤクザさんのお恵みの高さがわかる。

ビシュケクは、世界一緑の多い首都ともいわれる。
南アフリカのヨハネスブルク(首都じゃないけど)も、緑が多くて有名だが、ビシュケクには敵わない。
ビシュケクには高い建物がないからだ。本当に、森に埋もれている。
森も旧ソ連が街を作るときに、植えたらしい。

街の中心部には、マーケットがあります。占い師のおばちゃんがいたので撮影しました。
キルギス語もロシア語もわからないので、占ってもらえないのが残念です。

アラ・トー広場で、式典が開かれてました。
警察か軍隊、なんの儀式かわかりませんが、整列してパレードと演説。20分と短かったです。

2005年3月にキルギスでは、暴動が発生。アカエフ大統領は解任された。
テレビで、商店の略奪などの映像をみたので治安が心配だったが、平和で静かだった。

だが、南部オシュでは、隣国ウズベキスタンの反政府暴動を受け、治安が悪化している。
ウズベキスタンのアンディジャンで、貧困や政府の強権姿勢への不満を抱く多くの市民が参加。
カリモフ大統領が軍隊を投入し、数百人の非武装の市民が犠牲となった。
ウズベキスタンの東部は発展か見放された地域、キルギスの西部と民族も混じっている。
そこにアフガンのタリバン残党などイスラーム過激派が入り、混沌とした状態となっている。

1991年のソ連からの独立の後、どの中央アジアの5つの国すべてで、政権が維持された。
キルギスのアカエフ元大統領が築いた富は、数百億円を超え、国家予算より多いといわれます。
平均月収37ドル程度と、支配者層と市民との極端な貧富の差が政変の原因の一つとなった。
ちなみに、1998年には在キルギスの日本人が拉致され、多額の身代金が支払われた。

キルギスの暴動による政変によって、旧ソ連の独立国に多大な影響がある。
その前に、ウクライナやグルジアでもクーデーターや政変が起き、ロシアからの自立、反発をしている。

中央アジアの北朝鮮といわれるトルクメニスタンのニヤゾフ大統領は、終身大統領。後継には息子。
トルクメンバシ(トルクメンの父)と名乗り、国中いたる所に肖像が掲げられ、
自著「ルフナマ(精神世界)」を“現代のコーラン”として、学習を義務化している。
トルクメニスタンを旅した人に尋ねると、街の中心部で巨大な銅像が回転していて面白いとのこと。

いやー中央アジアの政治。大変ですなあ。
大統領は旧ソ連と同じで情報統制をするし、人々はテレビや新聞も信じていませんでした。


■レストラン ファイーサ 

首都ビシュケク ジベックジョル大通りにある大人気のレストラン。
旅行代理店の英語が堪能な女性に教えてもらった。
写真の3倍くらいの座席。120人くらい。200人も収納可能。満席だった。回転も速い。
この人口の少ないキルギスで一番の繁盛店じゃないだろうか。 

値段も高くない。半分の皿で注文できるのも親切。
数多くいる店員の中で一人だけが英語を話せるというので、彼女に来てもらって注文。
ほとんどの人が英語を話せない。

旅行を始めて10日、既に中央アジア料理は食べつくした(種類は少ない)ので ロシア料理を注文した。
ボルシチ、牛肉煮込み、春雨サラダ (カザフ料理かな? 酢、唐辛子、ねぎ、パプリカ、パセリ、トマト、香菜、春雨)、 タクシー運転手も一人で立ち寄ることもあり、いいところ。オススメでーす。安いよ。

ちなみに、中央アジアのレストランはどこも同じメニュー。気をてらったものはない。 
味もどこも同じ(都市によって味付けが違うことはあるけど)。外れも当りもあまり関係ありません。


イシクル湖 チョルポンアタ

ビシュケクの西バスターミナルからイシクル湖の観光拠点チョルポンアタへ。
どこでバスを降りたらいいのかわからない。ロシア語もキルギス語もちんぷんかんぷん。
下ろしてもらったところは、ローカルのバス停だった。
昼の2時で、お腹がすいていたので、バス停にあるカフェのおばちゃんに食い物とジェスチャー。

でてきたのは、羊の内臓を煮込んだペンネ。おいしいパンも付き添われていた。
キルギスらしく、香草とパセリが散りばめられ、薫り豊かでとっても美味しかった。
料金を払おうとすると、要らないといわれる。またもやお恵みされた。中央アジアにきて、もう何回目だ?

周囲を氷河のある高い山脈に囲まれたイシクル湖。遠くには天山山脈の7000m級の山もある。
東西180キロ、幅が30〜70キロ。琵琶湖の約9倍。氷河が流れる湖はどこまでも青い。

まだ涼しく、夏ではないので、ビーチも営業していなく、観光客は少なかった。
夏になれば、国中から、隣国カザフスタンから多くの人が、遊びにくる。
湖畔には、リゾート施設が多数建てられていた。古くてぼろくて幽霊屋敷みたいなのもあるけど。

チョルポンアタのマーケット。小さな町なので、あんまりモノがありません。
中国がすぐそこなので、中国製品が目立ちました。

滞在した宿で食べた夕食です。
ラグマン。中央アジアのラーメン(うどん)です。キルギスが具だくさんで美味しいです。トマト味。

ビシュケクに戻るため、またもやバス停へ。
本当、のんびりしたところです。時が止まっているみたい。

バスは途中、峠を越えていきます。
トイレ休憩がありますが、車イスの私は車内に残ったまま。
かわいい看板の売店があったので、車内から撮影しました。

イシクル湖。遠くに白い山々が見えるけど、ただの湖でした。
でも賑やかな夏は楽しそうです。一人で訪問したので、泳いでないし、やっぱりしょうもなかったです。
彼女や友達など、ワイワイと騒がないとダメですね。


ALTIN AIR 

ウズベキスタン フェルガナ盆地 アンディジャンでの暴動。
その影響で、ウズベキスタンとキルギスの国境が封鎖されていた。
オシュを経由して陸路でウズベキスタンに戻る予定が、仕方なく飛行機での移動になった。

乗った飛行機は、アルティンエアーという。飛行機は、今まででダントツにぼろい。すごすぎ。
スピードも出ないだろう。案の定、短い距離なのに時間がかかった。
かつて小さい飛行機で急降下した恐怖がよみがえってくる。これで105ドルとは。燃料代か。

車イスで飛行機に搭乗するとき、旧ソ連では空港サービス「メディカルサービス」を利用する。
病人とは違うんだけど、白衣を着た医師が付き添う。
ロシア、ウズベキスタン、カザフスタン、キルギススタン、すべてそうだった。

キルギスのビシュケクの場合、一旦、空港の外に出て、救急車に乗って道路を走って滑走路へ。
検問を通って、飛行機のそばへ。そして人力で乗せてもらう。 
飛行機は後ろから乗る。ビジネスクラスも最後尾の2列。ところかわれば違うものだ。
事故あったときに助かりやすいからだろうか。昨年、ウズベキスタンの国内線は落ちているし。

スッチーが、出発前に、ゲロ袋を配りだした。こんなの初めて。揺れるのだろうか? 
チュニジアの国内線、ルーマニアの国内線、それ以来の恐怖。
すごいエンジン音。オイル臭い機内。軍用機みたいだ。

外は雨が降っていて、視界が悪いし、頼むから到着地のタシケントは晴れておくれ。
レーダーや自動着陸装置みたいなのもあるのか? すべて人力じゃないのか。 パイロット、がんばれ! 
「絶対、こんなとろで死んでたまるか!」 と強く祈った。 

ウズベキスタン航空がいつも満席なのがわかった。少し高くても命のためだもの。 
キルギスの飛行機は、こわすぎる。 スピードはゆっくり飛び立ったけど、上空は安全。
かなり高度を上げていた。 揺れないのが嬉しかった。ただし着陸時は、揺れながらの到着。
しばらく飛行機で怖いおもいをしていなかったが、気をつけないと。

死ぬのは嫌だ。 でも窓から見える4000メートル級の山々は美しかった。


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