■相棒の車いすが遂に故障
マリで車いすの右ブレーキが破損したため、なるべく早く移動して帰国しようと思った。
帰りの飛行機は、ガーナの首都アクラから、空路も簡単にあるわけでないので、陸路で目指すことになる。
順調に旅をして、ヒッチハイクという手段ながら、ブルキナファソへも無事に入国成功。
06:30 STAF というバス会社の乗場へ。
ワイヒーヤから首都ワガドゥク行きの切符を買ってバスに乗る。2500CFA(500円)
係員は誰も手伝ってくれないので、一人でバスの床を這いあがって座席についた。乗れたので良かった。
バスは直通ではなく、各駅停車であった。道中に多くの乗客を乗せたり、降ろしたり。
直通便より、値段が500CFA(100円)安い。古い小さな座席のバス。 06:40 出発した。
舗装された平坦な直線の道なので、スピードは速い。 09:00 ワガドゥクに到着した。
バスターミナルで朝食をとり、歩いてホテルを探すが、市内中心部は遠かった。2キロは離れていた。
多くの車いすの人(自転車型)とすれ違い、手をふったりしながら、車いすをこいでいった。
ワガドゥクには、手頃な中級ホテルがない。高級ホテルも質が悪かったので、安宿に泊まることに。
車いすでシャワーは浴びれないところだったが(私は庭のホースで水浴び)、1泊なら問題なしと決めた。
チェックインをして、ベッドに移って休んでいると、どうも車いすの調子がおかしいなと感じた。
見ると、右の前輪につながるフレームの支柱が完全に折れていた。
右ブレーキが破損した影響か、強引に車いすを乗っていたので、他にも歪が出ていたのかもしれない。
13:30 ホテルの従業員に頼んで、近くの溶接工場に車いすを持っていてもらい修理してもらう。
メモ帳に、フランス語と絵を描いて、説明をした。
路上で、色んな修理屋などが並んでいたので、補強+溶接 してくれるところを見つけてくれるだろう。

私は、ホテルのロビーにあるソファーに座って待つことにする。
チップを含めて、4000CFA
(800円)を渡したら、2000CFA(400円)しか、受け取らなかった。
14:00 たったの30分で修理完了!と持ってきてくれるが、見てみると雑な作業。 触るとポキッ!
あっけなく外れてしまった。 きっちり作業してよ! お金はいくらでも払うから仕事してよ!
やり直しを指示して、また修理にいってもらう。
さすがに、今度は慎重に修繕しているようで、1時間経過しても帰ってこない。妄想するしかない。
− 朝から、カフェオレ・バケット・スプライト、だけ。お腹が空いたなあ。
− アクラへの移動が問題やなあ。空路は高いし、陸路で早く移動できるかなあ。
− お腹ぺこぺこ。でも、うんちがしたくなってきた。でも修理が終わってからだ。漏らすなよ。
− うんちがしたくなったら困るなあ。そのときはそのとき。とにかくじっと我慢だ。
15:40 ようやく修理が完了したみたい。溶接がされているが、補強は心配。
料金は600CFA(120円)とのこと。お釣りのうち1000CFA(200円)をチップとして、動いてくれた人に渡す。
■再び壊れる
06:00 起床 早朝のバスで国境を越えて、ガーナ北部のポルタガンガを目指す。
06:15 出発と思ったら、車いすの支柱がまた折れていた。きちんと修繕されていなかったのだ。
判断が迫られる。陸路ガーナへ移動するのか? 明日の飛行機(5万円)でアクラへ移動か?
夜行バスでアクラという手段もあるが、24時間以上なので体に負担がかかりすぎる。
06:40 チェックアウトせずに、手ぶらでホテルを出発。空港を目指す。2キロほど。
支柱が完全に折れているとはいえ、車いすをこげない状態ではない。
早朝の休日のためか、タクシーが走っていないので、ゆっくり車いすをこいでいった。
ワガドゥグ空港は市内から歩いていける距離。世界の首都の空港で最も隣接しているだろう。
07:40 空港到着。ブルキナ航空のオフィスがあったので聞いてみる。翌日のチケットをなんとか予約。
エコノミークラスの安い席にキャンセル空きがあり、185,600CFA(3万6000円)で購入。
たいした距離じゃないのに、西アフリカは飛行機が本当に高い。でもこれでも安く買えたぐらい。
前日、旅行代理店で聞いたときは、5万円の席しかなく、購入を見送ったのは正解だった。
09:00 空港の外で、タクシーを拾う。車いすを見せながら、説明をして、修理工場へ連れていってもらう。
09:40 市街地を離れた自動車修理工場では、修理ができないとNGサイン。
次に、バイクの修理販売をしている地域に移動。溶接専門店をようやく見つける。もちろん露天。
きっちりバーナーで焼き付け。熱伝導があるため、前輪を外してからの作業。
自動車の助手席から作業工程を見ていたが、プロの仕事だった。
10:20 30分かけて修理完了。料金は、2500CFA(500円)。
外国人だからか多く請求したのかもしれないが、きちんとした仕事をしてくれたから納得。
昨日の溶接代は120円だったが、こちらは500円。値段の差は、仕事の差でもある。
タクシー運転手にホテルまで連れて帰ってもらう。チップを含めて4000CFA(800円)を支払う。
5000CFAを要求されたが、距離だけならタクシー代は、2500CFAぐらいなもの。
充分な謝礼なので、喜んでくれたとは思う。
もう旅は終わり。最後のミッションは帰るだけなのに、夕方に災難が訪れる。
デジカメが盗まれた。1ヶ月の思い出がパーとなる最悪の出来事。悲しすぎる。

壊れたフレームは、右前の部分。修理後の溶接の跡を見てください。
現地で修理の様子も多く撮影したのですが(修理屋の周囲のカオス状態など)、写真は無し。
これらの写真は、帰国後に自宅で撮影したものです。

1995年からずっと旅の供である、旅専用の車いす。幅が狭いのが特徴です。タイヤとフレームの間も狭い。
その後も何度か幅を狭くして欲しいと注文しましたが、希望通りに出来上がったことはありませんでした。
よって、最高傑作の、この車いすを、今でもずっと大切に使っています。
帰国後、ブレーキ交換、シート貼り替えなどの、修理に出したところ、フレームの軸がどれも折れていました。
寿命なようです。でも貴重な車いす。いつまでも使いたいです。私とともに世界を旅してきたのですから。
ちなみに、この車いすのフレームはアルミニウム。アルミニウムの溶接は難しいし、特殊。
鉄なら簡単に溶接できるのですが、鉄製だと重量が重たくなるので日本製車いすには採用されない。
現地修理は臨時補強しかできなかったのは仕方がなかったわけです。
■デジカメの盗難
修理したとはいえ、車いすがまたいつ故障するかわからない。一刻も早く帰国した方がいい。
翌朝には、最終目的地ガーナの首都アクラに飛ぶだけである。もう旅でする目的はない。日本へ戻るだけ。
車いすの修理がなんとか完了した。昼食をとり、ゆっくり部屋で昼寝をして、夕方、散歩することにした。
ネットカフェに行くのと、夕食を食べることだけが目的。
ネットカフェに行く途中、デジカメが盗難にあってしまった。
いつも車いすの後ろの右ポケットに入れているが、ポケットのチャックもこの旅で壊れていた。
よって、リュックのサイドポケットにデジカメを入れていた。アホである。
路上でリュックのジッパーを開けられしまい、すられたのだ。
誰が盗んだのか見当がつかないが、最も推測されるのが、商店の並ぶ地域で、私に触ってきた男性。
「チノ(中国人)!」といって、からかってきた。しかもカンフーの真似をして。
ムカついたので無視したが、触ってきた隙に、リュックのジッパーを開けて、中に入っている袋を盗んだと思う。
財布と間違えたのかも。デジカメとは外見ではわからないから。
後悔するのが、もう何も撮影するものはないから、デジカメをホテルの部屋に置いて行くつもりであったこと。
でも、もしものときに撮りたいものがあるかもしれないと、リュックに入れて持参してしまった。
帰りは日も暮れるし、余計なお金や貴重品は持たずに、てぶらで散歩に出るべきだった。
また、1ヶ月以上の長旅なので、メモリー交換、あるいは写真のバックアップをすべきだった。
楽天的な私だが、珍しく自己嫌悪になった。 盗難にもあったので、ブルキナの印象も悪い。
■ブルキナファソという国
日本人には、馴染みのない国。どこにあるのか、国名も首都も知らない人がほとんどだろう。
短い旅の雑感であるが、紹介したい。
1984年までの国名をオートボルタという。乾燥した大地が広がる。
平坦な土地だからか、自転車がとても多い。バイクも多い。よって車いすのパンク修理はどこでも可能。
街中でよく「中国人(チノ)」と声をかけられた。からかいである。蔑視でもある。差別発言。
アフリカではたまにある光景だが、ブルキナファソはとりわけ多くて不快であった。
中国人に間違われることが問題なのではなく、蔑視する人々がいることに悲しくなる。
「差別する人は、差別される」 負の連鎖は悲しい。
(参考) 「差別と日本人」 角川書店 2009年 野中広務、辛淑玉 著 18ページより
差別は、いわば暗黙の快楽なのだ。例えば、短絡した若者たちが野宿者を生きる価値のない社会の厄介者とみなし、力を合わせて残忍なやり方で襲撃する時、そこにはある種の享楽が働いているのだ。それは相手をお劣ったものとして扱うことで自分を保つための装置でもあるから、不平等な社会では差別は横行する。そして、あたかも問題があるのは差別される側であるかのように人々の意識に根付き、蓄積されていく。
時の権力者は、権力に不満が集まらないようにするためには、ただ差別を放置するだけでいい。そうすれば、いつまでも分断されたシモジモ同士の争いが続く。
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あまりに、からかわれるので、こちらも「ブルキナ」と言って、
寝るふりとか(いつもブルキナファソの人々は寝ているから)、カドゥー(金くれ)とか、真似しようかと思った。
飛行機の切符を買ったとき。大金(3万6000円)を支払うのに、とてもいい加減な対応にも驚いた。
座席確保の保証が取れない。英語が全く話せなくて苦労した。
満席や、飛べなかったときに、お金は返却されるのか不安だった。
車いすの搭乗にもケチをつけられ、介助の手配か、問い合わせをしたりして、待たされた。
その日の夕方に電話して確認しろと言われ、人に頼んで電話しても無反応で訳わからず。大変です。
ワガドゥグ国際空港は、改装中のためもあってボロボロだった。トイレは男女共同で1つのみ!
その1つの洋式便座には、血のついたナプキンが床に捨てられており、ショックを受けた。
他のゴミ、紙なども散乱していた。何万円もする航空券を支払っているのに汚すぎ。掃除ぐらいしてよね。
今まで利用した空港の中で、最もオンボロであった。
とはいえ、搭乗の際、飛行機への階段を係員が担いでくれた。とても親切でスムーズで安心した。
ワガドゥグの安ホテル。チェックアウトのとき、支払いを求められた。
前日に支払っていたのに、領収書を発行してくれないから、ややこしいいねん! 私は求めたのに。
空港に早く移動しなければいけないのに、もめるのは、ムカついた。ボスに電話で確認していた。
宿泊名簿に、きっちり支払い済との記載場所を作っておいてよ。本当いい加減で困るわ。
最後に、料理について、アフリカ全般にいえることだが、ソースが基本。ホルモン(内臓)の煮込みが多い。
ライスや、フフ(芋などを蒸かしたもの)や、トウモロコシの粉をこねたものとかに、かけて食べる。
肉や野菜がつけば豪華になる。
■高い飛行機
ワガドゥグから、アクラに向かう飛行機の隣席は、NGO勤務でアフリカに20年以上住んでいる米国人だった。
私は、「なぜ西アフリカの飛行機は値段が高くて、本数も少なく、値段も高いのか?」と尋ねてみた。
彼の意見は、全てが輸入で高いこと。車体も、燃料も、整備も。よって割高になる。
もう一つは、政府の貴重な収入源であること。いくら高くても大切な交通手段なので、乗る人はいるから。
アフリカのことをいろいろ聞いたが、ナイジェリアのラゴスは、やはり世界最悪の犯罪都市だと言っていた。
彼でさえ、行くのは億劫になるという。怖いもの見たさでも、行かないほうがいいと助言された。
また、アフリカで一番の観光地はナミビアだという。私も同じ考えである。
全アフリカを知り尽くした彼の意見と、自分自身の旅人の勘とが一致したので、嬉しい。
ナミビアは、ドイツ系移民の国なため、街が清潔なのも理由の一つらしい。 お勧めな国ですよ。
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