■ムンバイ
インドの首都はデリー(ニューデリー)だが、経済の首都はムンバイ。中国でいう北京と上海の関係。
インドを英国が植民地統治する際に、4大都市 (マドラス、カルカッタ、ボンベイ、ニューデリー)を指定。
当時の様子を払拭するためか現在は呼名が変わっているが、最も発展しているのがムンバイである。

インド映画にもたびたび登場するインド門。ムンバイの象徴です。いつも観光客で溢れている。
世界遺産エレファンタ島に向かう船に乗る人達でも賑わっています。
しかし船へは階段であったり、船も近代的だといい難いので、車イスの私は船に乗らなかった。残念。

インドで意外だったのが、スイーツが美味しいこと。
ムンバイのレストランにあったミルクシェイク。フルーツとクリームが絶妙な甘みを醸し出しています。
超セレブな人達も住むムンバイ。とても物価が高く、他のインドの都市と比べて、1.5倍ぐらいする。
ホテルの料金は、3倍ぐらいの感覚。不動産バブルも起きており、皆が投機に走っていた。
経済の街らしく時間に正確で、駅にはあちこち時計があるし、構内放送まである。
セレブなところでいうと、180ルピー(520円)の映画館があった。
インド国内で通常30ルピーなのに6倍の値段なのだ。従業員が50名ほどいた。中も豪華であった。
そんな高い映画館でも人で賑わっていた。つれられてくる子どもは皆、肥満児だったのには驚いた。
ムンバイは、物価が高いし、広くて動きにくいし、見るべきところもない。
どこにでもある都会なので、訪問する意味はないと思います。
■ゴア
ムンバイから南へ約500キロ。
大航海時代に、ヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を廻るインド航路を発見。スパイス貿易として栄えたゴア。
1510年にポルトガルが占領し植民地都市を建設したが、インドの英国支配が進むにつれ衰退した。
実際にはゴアという都市はなく、ゴア州である。
都市としては、パナジ、ヴァスコ・ダ・ガマ、マプサなどがある。従ってゴア駅というのもない。
ゴア州はとても小さい大きさだが、それでいて州であるというのは、ゴア特有の文化があるということ。
滞在して感じたのは、キリスト教徒が多いこと。カトリックの植民地支配だからであろう。
インドでは珍しく牛肉を食べることができる地域なのだ。
そして、ゴアのヒッピービーチにみられるように、開放的な風土もあるように感じられる。

ムンバイからは、快適なインドの寝台車を利用。夜11時出発。昼の12時ぐらいに到着。
同じ車両のスロベキア人と仲良しに。降りるときに手伝ってくれたり、朝食を買ってくれたりしました。
西欧人トップレスで有名なアンジュナビーチに行きたかったのですが、
駅から遠くてバスを乗り継ぐ必要があること、どうせ車イスでビーチは楽しめないこと、
ドラッグには興味がないこと、次の移動の便利さも考えて、
ゴアの南部マドガオン駅で降りて、コルヴァビーチに行くことにした。

アラビア海に面したゴアのビーチ。
海岸沿いに道路はなく、内陸からそれぞれの海外へと道が続いている。
かなりの広範囲にわたって幾つものビーチが存在するので、
多くの旅行者は、レンタルバイクか自転車で、各ビーチを巡って散策します。
もちろん、私は人力車イス。かなりの距離なので隣のビーチに行くだけで大変でした。

あるのは海だけ。あまりキレイではなく濁っていました。砂浜は美しいです。
砂浜は美しいのですが、アラビア海は波が高く、荒々しいためか海は濁っていました。
コルヴァビーチ周辺では、西欧の年配者か、外国在住のインド人旅行者が多かったです。
北側は、ドラッグパーティやトップレスなどちょっと自由らしいので、住み分けなんでしょうかね。

コルヴァビーチの北側には漁村がありました。
シンプルなボートで、漁に出ています。網で魚を採っていました。
陸では、女性たちが魚にどかっと塩をかけて、天日干しにしていました。これが彼らの収入。

魚がたくさん取れるので、ゴアでは魚カレーが美味しいです。
ですが、観光客からぼったくるために、高い魚をやたら薦めるところもあるので注意が必要です。

ホスペット遺跡に移動するため、ヴァスコ・ダ・ガマへ。
始発駅なので確実に迷わず乗車できるので、わざわざタクシーで移動しました。300ルピー(800円)。
街の名前にも惹かれました。格好いいですよね。写真は駅舎です。

またまたスイーツです。SULIKHAN(スリカン)というそうです。
ヨーグルト、ライチ、カルダモン、ナッツ、卵黄、牛乳といった材料でしょうか、美味しいです。
アンナプルナホテルで食べました。街一番の繁盛しているレストランで最高でした!
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