■空港での一夜
ダカール空港の冷たい床。1時間毎に体の向きを変更。6時間弱、横になって寝ることができた。
サングラスをして目線を隠すのがポイント。眠れなくても落ち着ける。
タクシーで安いホテルに行ってもよかったが、段差や階段があることがほどんどなので簡単に泊まれない。
過去、空港で寝たこと。深夜到着、あるいは早朝出発のときに結構している。まとめてみました。
・カイロ空港 00:00 〜 04:00 深夜到着、国内線乗換。床で寝る。
・タンパ空港(米国) 23:00 〜 04:30 早朝の便待ち。ベンチの裏で寝る。掃除機の音で目覚め。
・バンコク空港 00:00 〜 04:00 早朝の便待ち。ロビーのベンチ
・デリー空港 23:00 〜 06:00 乗換。空港の有料休憩所の横長快適ベンチで爆睡
・アテネ空港 00:00 〜 04:30 深夜到着。ターミナル店舗前。100名以上の旅行者が寝ていた。
・北京空港 23:00 〜 05:00 乗換。有料休憩室が満室。ロビーの椅子で寝る。
・ニアメイバス停(ニジェール) 22:00 〜 04:00 事務所の前で野宿。早朝の便待ち。
・ラムシュワラーム駅(インド) 04:00 〜 06:00 到着後、夜明けまで、多くの乗客が駅舎で寝る。
・サナー空港(イエメン) 09:00 〜 17:00 乗換。ビザ無しのため空港に留まる。一人だけ。床で寝る。
いつでも、どこでも、誰とでも、寝ることができる。私の特技です。
■2回目のパンク修理
ダカール空港で一夜を過ごし、朝6時に起床。6:30、外に出てタクシーを拾う。まだ薄暗い。
6000CFA(=1200円)といわれるがツーリスト価格。3000CFAが相場。ゆっくり交渉。
早朝だし、車いすの左タイヤの空気が抜けているので、ガソリンスタンドによって空気を入れてもらうこと、
パンクしている場合は、自転車屋さんに連れていってもらうことなどを条件に、4000CFAで交渉成立。
相場より少し多めに払って、プラスアルファのサービスをしてもらう。無理に値切らないのが私の交渉術。
タクシー運転手は親切だった。
空港そばのガソリンスタンドで空気を入れてみようとするが、うまくいかない。
どうやら空気が抜けているのではなく、完全にパンクしているようだ。
航空会社に車いすを預けて、パンクして返ってきたのは初めての経験。ひどい話。
幹線道路から離れて、自動車やバイクの修理屋に立ち寄るが、早朝で閉まっていたりと、うまくいかない。
そうこうしているうちに、ダカール中心部に入ってきたので、キョロキョロしながら自転車屋を探す。
朝の通勤が始まるころ、商店も店を開け始める時間。うまく自転車修理屋を見つけ、降ろしてもらった。
朝8時10分。修理開始。丁寧にパンク修理をしてくれた。
セネガルに入国してから、ある種の心地よさを感じる。
空港でも、タクシーでも、自転車屋でも、人々が柔らかいのだ。
その後、5日間の旅行でも、街中で手助けの声がよくかかるった。
それまでの4カ国では全く声をかけられなかったのに。国民性ってあるのか。セネガル人はとても親切。
また、車いすの人を町でよく見かけた。ダカールでは通りの角ごとに車いすがいた。
西アフリカで一般的な三輪自転車タイプでなく、普通の車いすも多い。老若男女問わない。
多くが物乞いをしているのだが、街の中で存在がある。生きている。
家をもたず、路上で生活している車いすの人も多くいた。地方から出てきているのかも。
ダカールは、世界で最も車いすを見る都市だった。少なくとも私が訪問した世界の都市では断トツに。
デジカメが盗まれ、彼らの写真を紹介できないのが、とても残念です。
私も同じ車いすの者として、話かけられ、「お前はバスケットをするのか?」とも、よく聞かれました。
■ダカール
空港で一夜を過ごして節約できたので、いい宿に泊まることにする。
坂のある市内を歩きながら、段差のない、素晴らしい中級ホテルをみつけて、チェックイン。
車いすのパンクが直ったので安心。シャワーを浴びて、洗濯をしたら、次の仕事は、ガンビアのビザ取得。
ガンビア領事館は、ダカール市内中心部にある。ビルの中。
ビルの入口は大きな段差。警備員に押してもらう。領事館はビルの2階。
車いすの私は、階段を上がれないので、守衛さんにお願いをして、職員に降りてきてもらうように、お願い。
ビザは午後受取の即日発給、あるいは翌日だが、車いすの私は再訪問が面倒。
職員は気を利かしてくれて、その場でビザを発給してくれることに。5分で発給。嬉しい!
ビザの値段は高く、25,000CFA(5000円)。
ガンビアへは、陸路で行って、ガンビアから、空路でマリに首都バマコへ移動したい。
しかしながら、飛行機は飛んでいなく、適度な経由便もなかった。
ガンビアからセネガルへの飛行機は1日1便あるが、満席ばかり。
結局、ダカール → バマコの航空券のみ手配。
セネガルは、人々も親切だし、スポーツをする人も多く、余裕を感じる。
英語が通じる。話せる人が多いのも嬉しい。
西アフリカと欧州、アラブ世界との窓口でもあり、多くの外国人が住んでいる。
フランス語、アラビア語、英語、現地語、ごちゃまぜ。
今まで訪れた都市では、レバノンの首都ベイルートに似ていると感じた。
モロッコ、アルジェリアなどのマグレブの人が多く、洋服屋、コンビニ、ファーストフードなどの商売をしている。
西欧人も多く、人種が多彩で、世界各国のレストランもある国際都市である。
■ゴレ島
ダカール観光のメインといえば、ゴレ島。船で20分。沖に浮かぶ小さな小さな島。
人類の負の遺産として、かつての奴隷貿易の拠点が保存されている。
フェリーは人だけが乗る。船に乗り込むのに渡し板などなく、またいで乗らなければならないが、
船員さんは、車いすの扱いにも慣れたもの。ひょいと担いでくれる。セネガル人はやっぱり親切。
ゴレ島では、年間300人が奴隷として、アメリカ大陸に売られていった。
アフリカ大陸全体では、計2000万人以上である。
ゴレ島の奴隷貿易は、人数としては多くないのだが、建物が残り、海に面した扉が象徴的で有名になった。
ダカールはアフリカ大陸の西端。アメリカ大陸に最も近く、地理的に重要な場所というのもある。
奴隷は病気になると海に捨てられた。海に飛び込んでも、波は高く、逃げれない。
ちょうど前日に、オバマ大統領の就任式があった。
黒人初の米国大統領の誕生。時代の変化、人類の歴史に胸が熱くなった。
ゴレ島から見るダカール市内の眺望は素敵。
小さな島は砂地や坂もあり、車いすで歩くのは困難。ささっと歩いて、ダカールへと戻りました。
■血液検査
ここ数日、体が熱っぽく、だるかった。栄養をとって、清潔にして、休養を十分にとるようにした。
ベナンのコトヌーで、夜に太ももに蚊に刺されて、赤く腫れていた。マラリアかも?と怖くなった。
くしゃみと鼻水も止まらない。ただの風邪だといいのだが、ダカールにいったら病院で検査することにした。
潜伏期間もあるため、早めに発見できれば、対処もできるからです
ダカールでの病院探し。血液検査をしてくれるところを探すのは苦労した。
ダカール市内南にある巨大なダンテ病院の南にある、白い建物で検査をしてくれることになった。
病院にいっても言葉が通じない。私のフランス語は挨拶程度。
なんとか看護婦に連れられ、医師の元へ。英語が話せる医師だったので、そこからはスムーズ。
受付をして、料金を前払い。 5500CFA(1100円)。 待合室でのんびり検査結果を待った。

検査結果は陰性。マラリアにかかっておらず、一安心でした。
※西アフリカ旅行の最後にデジカメが盗難されました。写真はありません。とほほ。
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