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友を訪ねて三千里
(6)
 
2000/12 - 2001/01

捜索活動 / ジブチ


真実は小説よりも奇なり

この旅行の航空券(関空−カイロ)が取れたのは、出発日のなんと10日前だった。
よって、ジブチのビザを取る時間がなかった。
エジプトの首都カイロか、イエメンの首都サナーか、エチオピアの首都アジスアベバか、
そのどこかでビザを取得して、ジブチに入国することにした。

まず、最初にエジプトに入国したが、ジブチに行く飛行機というのが非常に少ないという問題があった。
カイロからも直行便がない状態で、エチオピア経由か、イエメン経由で行くしかない。
実は、その便数の少なさのせいで、エジプトを66時間の強国軍で廻ったということになったのだ。

もちろん、ジブチに行く交通手段も考えなければならない。
ビザがあるなら、イエメンから船(不定期貿易船)で紅海を渡ってジブチに行きたいと考えていたが、
現時的には、時間がないので飛行機での入国になる。その航空券も当然、手に入れねばならぬ。


さて、カイロで、ジブチ大使館を探しに探したが、とうとう見つけることができなかったので、
イエメンでビザを取ることに切り替えた。だから、その足で旅行代理店に向かい、
5時間後に出発するエジプト航空の便を購入した。

自分の計画では、その日の深夜のイエメン航空の便を購入する予定でいたのだが、
ラマダン(断食月)の関係であろうが、乗客がいないみたいで欠航となっていた。
もし、このとき旅行代理店に来るのが少しでも遅ければ、その3日後の航空券しか買えなかった。
結果的に、カイロに戻ってくるのを早めて大正解だった。

その夜遅く、イエメンに入国して、翌朝、早速イエメンのジブチ大使館を探しにいった。

ホテルに、兵庫県で高校の先生をしている旅好きの小林さんという日本人がいて、話していると
彼が素晴らしい助言をしてくれた。

ジブチ大使館の場所は日本大使館で聞けばいい。 

インターネットで調べたジブチ大使館の住所は、郵便局の私書箱になっていた。
また、ホテルのフロントや、タクシー運転手がジブチ大使館の場所を知っているとは思えないからだ。
大使館の情報は、同じ大使館が一番知っているだろうということだ。
また、小林さんも日本大使館に用事があるので、歩いて一緒に行くことにする。

日本大使館は、とても親切だった。
広瀬さんという若い男性の職員の方が、丁寧にジブチ大使館まで行く地図を書いてくれた。

小林さんいわく、「僻地にある日本大使館は優しい」とのこと。
ガイドブックがない地域を旅するときは、
まず日本大使館を訪れて情報収集するというテクニックがあるのを初めて知った。

ジブチ大使館は地図のおかげで簡単に見つかった。
日本大使館から歩いて、10分ぐらいのところだった。

人気のないジブチ大使館の前で、大声で叫んで人を呼び出すが、誰も出てこない。門番もいない。
門が半開きだったので、中に入っても、誰もいない。
奥の守衛室みたいなところまで入っていって、ようやく警備員が昼寝しているのを見つける。

警備員は、今日は、ラマダンの最終日だからお休み。明日から3日間はラマダン明けの休日になる。
だから、4日後にしか大使館は開かない。と言う。

なんてこったい。4日後のジブチ行きの飛行機に乗らないと、スケジュールの関係でジブチから日本へ
帰ることができない。ただでさえ長く休みを取っているのに、さらに会社を休んでしまうのは不可能だ。
ビザが、4日後しか取れないのなら、ジブチに行くのは諦めて、ゆっくりイエメンを観光するしかない。
いろいろ日本でシミュレーションしてきたが、ラマダンまでは計算に入ってなかった。

うらめしやラマダン。

ジブチ行きは、ここで諦めた。
苦労して66時間でエジプト観光をしたのに。カイロで苦労して大使館を探したのに。
今日も、半日かけて大使館を探したのに。苦労は報われない。

ところが、まだ最後の手段が残っていた。


■ラスト10分の幸運

一緒に、ジブチ大使館を探してくれた小林さんは、イエメンに10日間滞在するので、
シバームという世界遺産にも登録されている砂漠の摩天楼を見に行くつもりだと言っていた。

シバームは、首都サナーから陸路でもいけないことはないのだが、
南のアデンからぐるっと廻らないといけなく、タクシーの乗り継ぎで行って、最低3日はかかる。
よって時間のない旅行者は、飛行機で近くのタリームという街まで飛んで、シバームに行く。
小林さんは、出来れば、明日のシバーム行きの航空券を購入したいと言っていた。

そこで、アイデアがひらめいた!

ジブチ空港でビザは取れないだろうか?


もし、ビザを持っていなくても、飛行場まで着いて追い返したりはしないだろう、と勝手な予測。
それに、航空会社がチケットを売ってくれたら、占めたものだ。

ちょうど宿泊していたホテルの隣がイエメン航空のオフィスだった。
ジブチ大使館にふられた後、街を散策しつつ、ツーリストレストランでランチを取って、
ゆっくりとホテルの前まで戻ってきた。 が、イエメン航空のオフィスはシャッターが下りたままだった。

ホテルのフロントに聞いてみた。

イエメン航空のオフィスは、違う場所にある本部でしか、今日は開いていない。
しかも、今日の営業時間は、14:00〜16:00 のみ。  今は、15:40である。

急いでオフィスに行かないといけない。
なぜなら、明日から3日間は、ラマダン明け休みでオフィスは閉まってしまう。
小林さんと私は、タクシーに飛び乗った。

イエメン航空のオフィスに着いたのは、閉店時間の10分前だった。

 

私は、「ジブチ空港でビザが取れるって聞いたんだけど(嘘)、イエメン−ジブチの航空券ちょーだい」
と自身満々の顔をして言った。店員は、調べるからちょっと待ってくれといって奥に入った。
かと思うと、すぐに出てきて「OK」との返事。 やったー! 言えばなんとかなるものだ。 

ついに、私は、ジブチ行きの航空券をゲットした。

カイロで大使館が見つからず、サナーでは大使館は休暇に入り、3度目の正直だった。
運があったというか、旅の経験がものをいったのか、自分自身の根性に自画自賛。


ジブチ入国

ジブチへの出発は、航空券を購入した4日後だった。
購入したその日、ジブチで青年海外協力隊で働く友人に、
「ジブチに行く。この便で行くから空港で会おう」という文面のFAXをホテルから送った。
その日から、毎晩、電話もした。

しかし、1度も電話はつながらなかった。 FAXの返事もホテルには届いていなかった。


日本を旅立つ前、その友人のホットメールに、メールを2回出していた。
一つめは、出発の1ヵ月半前。 「もしかしたら年末年始ジブチに行けるかもしれない」という内容。
二つめは、航空券が取れた出発の10日前「エジプト行きは決定したから現地でジブチ行きを手配する。
12月26日〜1月4日の間のどこかで行けることを願う」という内容だった。

メールも、返事は返ってこなかった。
結局、ジブチ行きを決行していたのに、ジブチにいる当の本人に連絡がついてなかった

手掛りは、彼の実家に届いたメールと絵葉書だけだった。
その内容によると、ジブチ市内に住んで働いていることには間違いなさそうだった。
また、赴任後1年間は派遣国から出国できないので、休暇でどこかに行っていることも有り得ない。
ジブチは、小さい国なので、日本人一人くらい探せば見つかるだろうと安易に考えていた。 

TV番組のように捜索活動をしてみても面白いやんけ。

お金も時間もかけてわざわざ行くのに、肝心の友人に会えなかったら、アホやなとは思ったが、
やってみるしかない。困難な状況でも、それを楽しみに変えないといけない。
それでこそ、きーじーの旅だ。

イエメンでの出国審査では、やはりジブチビザの未取得をとがめられた。
しかし、ジブチの空港でビザは取れるんだから大丈夫(確信はない)と、これまた堂々と言って、パス。

さて、飛行機でたったの1時間。 ジブチに到着。

ビザを持っていない旨、係員にいうと、
「パスポートを預かって手続きを取るから、明日以降、もう一度飛行場にパスポートを取りに来なさい」
とのこと。 入国完了。

パスポートを人質にという形だが、実に簡単にビザ申請の手続きが出来たのだ。
でも、皆さんは決して真似しないでください
出発前いろいろ調べましたが、ジブチの空港でビザが取れるという情報は聞いたことはありません。
私の行動は、単なる博打です。

で、外に出た。

誰もいない。やっぱり、友人にFAXは届いていないようだった。
生暖かい風が肌を舐めるように伝い脱力感が一瞬漂う。 しかし、すぐに頭は切り替わった。

捜索活動開始だ。

最初に取るべき行動は、彼の実家に届いた絵葉書に書いてあるJOCVのオフィスに行くことだった。
(JOCV = Japan Overseas Cooperation Volunteers = 青年海外協力隊)


■日本名誉総領事

JOCVのオフィスに行くのは簡単だった。空港からタクシーに乗るだけだ。

途中、車窓から見えるジブチの町並みは、フランスが統治していたせいか区画整理されていて
まさに植民地。フランス軍もあちらこちらで見られ、戦車も走っていた。
イエメンと比較すると、よっぽど都会で、新しく作られた街である。

JOCVのオフィスは街の中心部にあった。
まわりにはホテルやレストランがたくさんあって賑やかな一等地に位置する。

タクシーが止まった建物には、日本国旗が掲げられていた。ここに間違いない。ちょっと安心した。

中に入れてもらおうと門番と話をしていたら、パジェロに乗った紳士が入ってきて車を駐車した。
周りの人が、彼に話をしろというので、ジブチで働く友人を探しに来たという事情を説明する。
私がなんとかするから、まずは事務所に入りなさいと案内された。

通されたのは、冷房の効いた快適なオフィスだった。迎え入れてくれた男性は、ファラさんと名乗った。
どうも、身なりや振る舞い、座った席から考えて、かなりな人物であろうと直感したが、
ここは遠慮せず、彼の好意に甘えることにする。

ファラさんは、まず名簿を取り出してきて、確かに私の友人である Mr. Nakamura がいることを確認。
友人の連絡先が記入されていないので、ファラさんがよく知っているという Madam Yamamoto  という
日本人に連絡を取るから、彼女と話をしなさいという。

ところが、Madam Yamamoto と連絡が取れない。
仕方ないので、ファラさんは、別の日本人に連絡を取って、私に電話を渡した。 

10:40 その日本人と電話で話した。

 「友人に会いに来た。彼と連絡が取りたい。できればあなたとお会いして話がしたい」と、私は伝えた。

 すると、「今いるところはバスが少なく、1時間くらいかかる。でも、すぐにそちらに行きます」とのこと。

 不安定に待つのは辛いので、「そうしたら12時とか時間を決めて待ち合わせしましょう」と提案をした。

 しかし、「すぐ行きますから、待っていてください」との返事をしてくれた。

1時間もじっと待つのは長いので、30分程、街をぶらついた。
ジブチはイスラム国であるが、中東のイスラム圏と違うのは、マーケットの売り子が女性であること。
アジアみたいに女性がよく働いていた。

さて、散歩も早々に切り上げ、事務所に戻った。まだ、電話の人は来ていないようだ。

 

11:40  まだ来ない。 電話で話してから1時間が経った。

12:00  まだ来ない。 1時間20分経過。

 

今朝も 05:30 (ジブチ時間で04:30)に起きて、飛行機に乗った。
昨日は、乗合タクシーを3つ乗り継いでの300kmの移動。
イエメンでの飛行場での激しい腹痛と、機内でもトイレと格闘。
分刻みのスケジュールで私の体力は限界地にきていた。

そんなとき、オフィスで働く美女(ファラさんの秘書)が、ジュースをもってきてくれた。

天使だ。

ジブチには、美人が多い。

彼女は照れて、レンズを見つけてくれなかったが、彼女みたいな美しい女性はいっぱいいた。
ソマリア美人とか、エチオピア美人とかいわれるのだとか。
世界三大美女、クレオパトラはエチオピア出身らしい。
ともかく、ジブチの美女度にはたまげた。この地域はアラブ系黒人らしく鼻筋が通っているのだとか。
顔だけでなく、手足もしなやかでスタイルが良い。ため息が出ます。

 

12:30  まだ来ない。 1時間50分が経った。

ファラさんは、私に申し訳ないという。
本来なら自分がもっと手助けしたい探したいところなんだが、なにぶん今日はとても忙しい。とのこと。
彼は、2週間、日本に滞在していて、パリで3日滞在後、昨日ジブチに戻ってきたばかりだという。
そりゃ、仕事がたまっているはずだ。ファラさんの下を訪れる人がひっきりなしにオフィスに入ってくる。

そう、ファラさんは、

ジブチにおける日本との外交のトップ「日本名誉総領事」だったのだ。

 

後に分ることだが、ここはJOCVのオフィスではなかった。
在ジブチ日本総領事館(大使館はまだない)だったのだ。
タクシーの運転手は間違って連れてきていたのだ。私はてっきり勘違いをしていた。

 

13:00  私は疲れきっていたので、ソファに横になって寝ていた。 ← 名誉総領事の部屋です。

ファラさんは、電話の彼は間違いをしたのではないか? JOCV事務所の方に行ったのではないか?
運転手をつけるから、私の車でJOCV事務所に行きなさいと勧めてくれた。
電話口での話から、相手の猜疑心(いきなり訳のわからない電話やしね)を汲み取っていたのだろう。
私も、12:00に待ち合わせをしてくれなかった時点で、少し心に黄色信号が灯っていた。

 

そして、ファラさんの部下の運転する車で、JOCVのオフィスに向かった。

ところが、JOCVの守衛は、今日は誰も訪問者はいないという。
運転手は携帯で、ファラさんと連絡を取る。やはり、総領事館の方にも来ていないという。
そのすぐ近くの Madam Yamamoto が勤める職場に行っても、彼女はやっぱりいない。
私の中に、また生暖かい悲壮感が漂った。

そんなとき、ファラさんからまた携帯で連絡が入った。

「きーじー、お腹も減っただろう。私の家族と一緒に昼食を取らないか?」

な、なんと、総領事の自宅での食事に招かれたのだ。
ファラさんの家は、JOCVのオフィスのこれまた近くだった。
この辺りは、各国の大使館や邸宅が並ぶ、ジブチのビバリーヒルズである。

ファラさんも職場から、すぐ戻ってきた。
いつも、昼食は家族一緒に家で食べるらしい。 私はうらやましい、良い習慣ですねと言った。
今日は、ファラさんにとっても久しぶりの家族一緒の昼食だという。
フランス人の奥さんは、今日、イエメン経由の便でパリから帰国したとのこと。
実は私と同じ飛行機に乗っていたのだ。あなたと一緒に来たのよと言っていた。
もう社会人である息子さんと、まだ学生っぽい若い娘さんと、私を入れて、本日は5人で昼食だ。

おそらくエチオピア人メイドの作っただろうとてもおいしい料理がたくさん出てきた。
シシカバブのバーベキュー(羊の肉、ラディッシュ、パプリカ、トマト)、羊の脳みその煮込み、
ミートスパゲティ、そしてなんとイスラム国ながら、ワインもあった。
もう、最高の昼食です。 食べて、元気モリモリ。 久しぶりのほろ酔い気分。

ところで、いきなり見ず知らずの者が昼食にお邪魔したのだが、ご家族は平然としていた。
おそらく、ファラさんの仕事上、ありとあらゆる国のいろんな人を食事に招いたりしていて
慣れているのだろう。 だから、私も肩肘張らずに気楽に食事が出来た。

食事後、ファラさんは、 
Madam Yamamoto は、今日休暇で沖合いの島に日帰り旅行に行っていて、夕方5時に帰ってくる。
彼女に会うのが一番だ。君は疲れているし、それまで私の息子の部屋で休みなさいといってくれた。
息子さんは、現在、恋人と同棲しているので自宅の部屋は使っていない。

キングサイズのふかふかのベッドに、エアコンの効いた高い天井の部屋。
隣には、シャワーとバスタブ。トイレも完備。

14:15   我が家のように振る舞いなさいとの言葉に甘えて、大きなベッドで眠りについた。


■ついに

いい気持ちで寝ていた。
ドアをノックする音がした。
薄明かりの元、部屋に誰かが入ってきた。
どこかで見かけた顔だ。まだ夢の中なのか?

うん? 声もどかで聞いたことがあるぞ。リアルな夢だな?
「きーじー、よう来たな」 声の主は、ジブチで働く友人の 「そーちゃん」 だった。

16:30  ジブチ入国から、8時間30分後、名誉総領事の家にて、ようやく対面。


さすがの「そーちゃん」も、まさか私が本当に来るとは驚いていたが、
昔からの仲間なんで感慨深いものなんていうのはなかった。
いつものように話し、笑うだけだ。たまたまそれがジブチという場所なのだ。 
いろいろ苦労したけど、会えれば万事良し。恩人ファラさんと一緒に記念撮影です。


◆さて、どうして「そーちゃん」が、ファラさんの家に来れたのでしょうか?

 ファラさんが昼食後、仕事で街を車で走っていると、日本人を見つけたので声をかけたらしい。
 それが上の写真をとってくれた同じく青年海外協力隊でジブチに派遣されている嶋田隆彦さん。
 ファラさんは彼に、中村くんを連れてくるようにとお願いして、一緒に車で来たのだ。
 ちょうど、ジブチもイスラム国なので、この日はラマダン明け休みで、協力隊員も仕事が休みだった。
 それにしても、日本人を探して声をかけてくれるなんて、ファラさん本当にありがとうございます。

 そして、そーちゃんは私の出国後に、ホットメールを見たそうな。帰国するとその返事は届いていた。
 だから、年末年始に私が来るかもしれないという心構えはしていた。
 ジブチのメール事情は非常に悪いらしくて、一本のメールを送るのに1週間かかったりするらしい。
 JOCVのオフィスに送ったFAXも、なぜか届いていなかった。

 また、そーちゃんは、ダウンタウンのジブチ人の知り合いに、車イスの日本人みたら教えてくれと
 声をかけていた。 その知人達には、翌日、挨拶に行って、無事会えたと報告しました。

 

◆ところで、私が電話で話した日本人はどうしたのでしょうか?

 後で、お会いできました。彼も青年海外協力隊の一員だとのこと。
 彼によると、領事館にはすぐ訪れたらしいのだが、門番に日本人がいるかと聞いたら、
 出て行ったと言ったので、いないんだーと思い、引き返したとのこと。中ぐらい見てよねー。

 

でも、いいのだ。だって、彼と会えなかった不幸はあったけど、その代わりに、ファラさんの家で、
最高の昼食が取れたんだもん! ふかふかのベッドで寝れたんだもん!

友を探して三千里。  目的完遂。


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