■合宿
冬のスキーで知り合った連中が、ハンドサイクルをしていた。
夏に、ロッキー山脈を1週間かけて走る自転車大会 ライド・ザ・ロッキーズ というのがあるので、
混ぜてもらうことにした。しかし、その距離や標高差、並大抵のものではない。
参加するのかどうか悩みまくったが、一生に一回のチャンスと思って、参加を決意した。
色んな運命が重なって、ライド・ザ・ロッキーズ につながった。
さて、今年で7年連続参加となるマットが、高地に体を慣らすことも含め、
「1週間前に俺の家にきて練習を一緒にしたほうがいい」というので、おじゃまさせてもらった。
彼の家のリビングにあるソファーに寝て、昼間は近所をサイクリング。目の前が大自然。
とある日は、女子ハンドサイクル現役世界チャンピオンのモニカと一緒にトレーニングをした。
彼女の夫のイアンは、ヴェイルで一緒にスキーをしていたので、既に知り合い。
ビール会社クアーズの工場があるゴールデンの一般道を約30キロ走った。丘が多くて大変な道。
さすが世界チャンピオンだけあって、とてもじゃないけどついていけなかった。やっぱり凄いや。
■水上スキー
私の師匠マットは、アダプティブ・アドベンチャーという冒険グループを主催している。
デンバーの湖で、毎週、水上スキーのプログラムをしているからと、私もしにいった。

水上スキーは、米国でもまだ広まっていないレクリエーション。
その発展形のウエイクボードも含め、マットたちは、道具も自らが開発。イスをボードに装着。
遊びのためには何でもしちゃいます。

子ども達も多く参加。
アダプティブ・アドベンチャーの活動のメインは、子ども達にレクリエーションの喜びを伝えることです。

学生を中心としてボランティアの方々もお手伝い。
もちろん、彼らも後で、水上スキーを楽しみます。皆が楽しまないとね。

水上スキーは、立ち上がりが難しい。
初心者は、平行を保つために、後ろに人がついて、最初だけバランスを保ってもらいます。

走ってしまえば、後は簡単。風を感じるだけ。
ただし、腕がとても痛い。ボートが引っ張るので、握力と前腕の力が非常に要ります。
よって長時間のライドはしんどいです。私も筋肉がパンパンになってしまいました。
上達すれば、自由度の高いウエイクボードでジャンプしたり、片手で演技したりできますよ。
格好いいのが、この水上スキーの特徴です。
こんな具合に、マットと共に一週間、彼の行動に付き合いながら、ハンドサイクルもこいだ。
マットは、モノスキーの指導者としては全米一。とても有名な人物で、別名スーパーマット。
彼と過ごした時間は、とても有意義だった。
■前日
ライド・ザ・ロッキーズは、走行距離 650q。
それも3000メートル級のロッキー山脈を毎日走り続ける。半端じゃない。
ゴール地点のスキー場に、自動車を駐車。皆でバンに乗ってスタート地点に移動(車で8時間)する。
我がチームは、1995年にハンドサイクルで世界一周をした スティーブ・アッカモン がリーダー。
私の夢を既にした人がいるなんてショックだったが、すごい連中が集まっている。
車イスは、5名。アダプティブスポーツを学ぶ学生が2名。仲間達が10名くらい。2台の車で移動。
ハンドサイクルや自転車は、別にトレーラーで運ぶ。
■1日目
朝6時半にホテルを出発。
最初の1時間で、もう辞めてしまおうかと本気で思った。
どこまでも続く坂。これがこれから延々と1週間も続くなんて考えられない。
辞めるなら早いほうがいい。でも私にもプライドがあった。色んな人に世話になり参加に至った。
初日だけは走りきろう。それだけが支えでこぎ続けることに。
約8時間で、この日の最高点の峠に到着。そこからは一気に下る。時速60キロ、70キロのスピード。
ところが、微妙に上り坂もあって、最後まで気が抜けないが、山道を下るのは爽快。
初日は、なんとか完走。到着は17時40分。 11時間10分の長い一日だった。
■2日目
参加者は、2000名。
それが大移動をするわけだし、小さな町を巡ったりするのだから、ホテルの数は足りない。
多くがテントを張ってキャンプする。だから、スタート、ゴール地点は、中学校や高校が使われる。
シャワー使えるし、調理場あるし、体育館あるし、グラウンドあるし完璧。
またまた朝6時40分に出発。この日は下りが多く6時間の走行。距離100キロ。
最後の30キロは緩やかな下り。しかも追い風。
ドリフト走行(前に自転車をつけて風の抵抗をなくす)で、平均時速32キロで飛ばす。
とても最高な1時間半。完全に飛んでました!最高の経験。
■3日目
この日は、最も簡単な日といわれた。それでも農村地帯を50キロ。
短い距離とはいえ部品の故障もあり、4時間の走行。私にとっては楽じゃない。この日も大変である。
オハイオ州クリーブランドのデニー。奥さんと、コロラドに住む甥と一緒に参加。彼はずっとキャンプ。
両足片手切断のハンドサイクリスト。この日は、彼としばしの間、一緒にこいだ。
■4日目
今回最大の試練。歴代最長距離の167キロ。もちろん峠越えがある。
ホテルからバスで出発点に行かなければならなかったので、起床は4時。出発は5時45分。
もう精魂尽き果てた。13時30分にリタイア。中間点でした。
食料の取り方(ロジスティクス)をミスしたせいか、完全にガス欠。しかも暑くて水分不足にもなった。
リタイアしたチェックポイントでは、撤去作業が始まっていた。
レスキューのバスに乗ってゴール地点へ移動。
車窓からは、落差1000メートルの ブラックキャニオン国立公園が見える。さすがロッキー山脈。
■5日目
休息日。クレスト・ビュー という、これまた絶景の町。むかし炭鉱があったそうで、その面影も残る。
多くが、夕方までずっと眠り続けていた。皆でバーベキュー。とってもおいしかった。
左の写真で料理を取ろうとしている人は、片足で世界一早いサイクリスト レックス。
蹴りが強いので後輪のスポークは特製のものをつけています。
右の写真は、ニューメキシコ州アルバカーキ−から初参加のポールと、その妻レベッカ。
なんて素敵な夫婦なんでしょう。レベッカも美しく明るい。うらやましいなあ。
■6日目
最も標高差のある峠を越える日。最高点はなんと3600メートル。富士山を越えるようなもの。
例のごとく、6時15分の早朝に出発。110キロの走行となる。
この日は大雨。さらに悪いことに、工事中で舗装されていない道路が続く。
跳ねた泥で、サングラスもヘルメットも茶色に。ジャージーも泥だらけ。
昼ごろ、晴れてきた。だいぶ上ってきたけど、先には坂が続く。
それに、遥か向こうに雪山が見えるけど、まさかあれを越えなきゃならないのか?
昼食から、5時間。亀の歩みで、山を登りきった。 バンザイ!
文章にすれば、一行のことだが、想像を絶する苦しみがあった。高地で酸素も薄いし大変。
11時間30分。ずっと山道を上ってきたんですよ。信じられますか?
その後は、1時間20分の下り道。爽快の極み。
スピードの出し過ぎでこけないように、カーブで転倒しないように、慎重に走りました。
この一日で、私の体はボロボロ。無理な姿勢で走り続け、右足の股関節も外側に曲がってしまった。
■7日目
最終日も峠を越えるが、そうハードな行程ではない。しかしながら、私の体と足は限界だった。
こいでいると右足が横に落ちてしまう。どうやら股関節が外れており、右足が外側に開いてしまう。
体のバランスが崩れるので非常につらい。
昨日を走りきって満足しているし、4日目にもリタイアしているので、無理に走ることは諦めた。
よって、スタートしてすぐにリタイアした。走っていて楽しくないことはする必要はないだろう。
サポートカーに拾われて、ゴール地点へ。
続々とサイクリストがゴールしていきます。そのゴール地点は、パーティ真っ盛り。
完走するのは、コロラドに住むアスリートの夢でもあります。とっても楽しい自転車大会でした。
詳しくは、いつか本にして書く予定です。 すごい体験でした。
日本のハンドサイクル情報
2005年に完走した日本人 鈴木直也
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