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* 代表 プロフィール *
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■突如出現したバリア
私は、高校3年生のときに車いすになりました。
歩けなくなったということを除いては、自分自身、特に中身は何一つ変わっていません。
しかし、周囲の態度は一変しました。歩けなくなったことより、そのことが一番ショックでした。
明らかに舐められた態度を取られたり、哀れみの言葉をかけられたりするようになりました。
車いすになる前には、そんなこと一度もなかったのに、驚きです。
何か行動しようと思うと、「設備がないからダメだ」「規則ですから出来ません」といつも言われました。
本人がしたけりゃいいじゃないか。行動する機会すら与えてくれないことに失望しました。
大学1年生の夏休み。米国で過ごした1ヶ月は衝撃的でした。
自分が車いすに乗って生活していることを忘れていたのです。本当です。
店舗、飲食店、交通機関のほとんど全てがバリアフリーで何をするにも不自由がないのに加え、
それ以上に、人々の視線がないことが理由でした。
米国では、私をまず「個人」として見てくれました。
日本では私の人間性よりも先ず「障害者」というのが大事になっているのだと気づきました。
障害というのは社会によって認識されるもの。
社会が変われば、障害が障害でなくなるかもしれない。世界を旅して痛感しています。

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